2011年11月28日。
4時半ころ自然に目が覚める。
外はまだ暗いが星がよく見えた。
そしてそれほど寒くない。
でも一応完全防寒の準備をしてまだ暗い中、5時半に宿を出発。
下手浜漁港に着き、山本さんを待ち構える。
6時きっかりに山本さん、息子の卓也さんがやってきた。
私たちは撮影を開始。
そして船に乗り込む。
山本さん、卓也さんはトイレのこと、寒さのことなど、私たちのことを気遣ってくれて恐縮した。
私も一坪君もこういう厳しい撮影には慣れているので気遣ってもらわなくても大丈夫なのだ。
山本さんたちに気を遣わせてしまい申し訳ない気持ちになる。
山本さんの息子さんの卓也さん。中学を卒業してから漁師をやっている。
明け方の海は何とも言えず神々しい。
その中で仕事をする山本さん、卓也さんは文句なくカッコいい。
しかし船の通路は狭く、着ぶくれした私が通るのはギリギリだった。
着込み過ぎて午前中は暑くて汗をかいた。
しかし午後は寒くなってきたのでちょうどよかった。
一坪キャメラマン。
一坪君は、私の撮って欲しいところをきちんと撮ってくれていたので安心してまかせられた。
漁場につくまで、卓也さんとたくさん話ができて嬉しかった。
原発のことを彼はとても考えていた。
魚は大丈夫なのか、生まれたばかりの自分の子供を守れるのか。
山本さんから、会津若松の片岡照美さんのユーチューブを見せられ、食事が喉を通らなかったそうだ。
自分も何かしたいと思ったそうだ。
自分は音楽が好きだから、音楽で何かできたらと思ったそうだ。
私はその話を聞いていてなんだか嬉しい気持ちでいっぱいになった。
私もいっしょにやっていきたいと思った。
卓也さんのインタビューもできたらいいなあとこの時思った。
出航して2時間くらいたったとき、気持ち悪くなってきた。
船が止まってユラユラしている時に気持ちが悪くなることがわかった。
まさしくこれが船酔いだった。
バケツに吐き海に捨てた。
今日は暖かく、風もほとんどないなぎの日。それでも酔うのだ。
朝ごはんを食べてないので胃液しか出なかった。
ひとしきり吐いたすっきりした。
私の異変に気付いた山本さんがブリッジから出てきて大丈夫かと私に尋ねた。
少し吐いたけどすっきりしたから大丈夫と答えた。
そして飴をくれた。
きつかったら港に戻るから言ってねと山本さんは私に言った。