2010年12月20日。石垣は晴れ。与那国は曇り時々雨。
8:00過ぎ。
起床。
いい天気であったかい。
荷物をまとめる。
いらないものは、内藤さんの家に置かせてもらう。
パンフレットやCDの物販の余りも、内藤さんに預かってもらうことにした。 朝、いつも内藤さんは緑茶を入れてくれる。
これが嬉しい。
9:00過ぎ。荷物を車に乗せる。
そして湯しどうふ屋さんへ。
私は豆腐チャンプルー、内藤さんは湯しどうふ丼。
全メニューを食べてみたい。
豆腐チャンプルーセット
それからクロネコヤマトに寄ってもらいメール便を出した。
空港には10時過ぎに到着。
内藤さんと別れ私は与那国へ向かった。
与那国空港
あっという間に与那国に着いた。
与那国に戻ってこられたんだとしみじみ思った。
曇っていて時々雨が降っていた。
石垣と随分天気が違う。
飛行機にはマブヤーが描かれていた。
空港には、お世話になる「民宿おもろ」のおかみ・まなみさんが迎えに来てくれていた。
今年1月以来の再会だ。
おもろに着いた。
1月の営業できた時と同じ部屋だった。
間もなく今回上映会を主催してくれた教育委員会の松田さんがやってきた。
私が想像していた人と大きく違って、とても話しやすくて、面白そうな人だった。
「山口さんに上映やってやってと頼まれて、そして普段お願い事をめったにしないまなみさんに上映をやってと頼まれたから、こりゃ、やらなきゃいけないなあって・・・」と松田さんが言った。
まなみさんは各地での上映会の時も、おもろのお客さんに知らせてくれたり、チケットを送ってくれたりしてくれていた。
まなみさん、本当にありがとうございます。
比川の光里食堂にて。
松田さんとお昼ご飯を食べに出た。
比川の光里食堂。
私はそばを食べた。
ここは豆腐もつくっているので、豆乳やおからもついてきた。
ここにも「空想の森」のポスターがはってあったので、店の方にぜひ来てくださいと宣伝をした。
与那国も中学までしかない。松田さんは与那国の人。
高校から石垣に出て15年後、35歳で与那国に戻ってきた。
石垣では演劇もやっていたそうだ。
与那国語を話せるか尋ねた。
松田さんは話せるそうだ。
戦前、日本国から与那国語を話してはいけないというお達しがでて、方言を話せない時期があったそうだ。
そして与那国語の使い方を間違えると先輩から怒られることもあって、現在、若い人で話せる人は少なくなってきているという。
「残していかなくてはいけないのだがなあ。」と松田さんはつぶやいた。
与那国はかつては自給自足をして台湾との交易で栄え、自然や馬と共に人々が暮らしていた宝の島だった。
与那国は今、様々な問題を抱えている。
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